高級なティッシュを舐める優しさは甘いといいね月がきれいね
窓かと思ったら、月だった。
団地の間を歩いていて、視界の隅にひときわ明るい、黄色いものが見えた。どこかの部屋だと思って、光の方を見る。
部屋じゃない。部屋のあかりじゃない。月だ。
太ったレモンのような、舐めかけの飴玉のような、あと数日すれば満月になる月が、マンションの十階くらいの高さにたたずんでいる。
窓と見間違えた月には、なんだか奥行きがあるように思えた。誰かが住んでいてもおかしくないような、そんな気配があった。
今日の月には、扉がついているような気がする。ノックをしたらその先に、どんな空間があるのだろう。
廊下を駆け抜けて、フワッと飛び移れば、その部屋に行けちゃいそうなくらい、私から見える月と窓の明かりは、同じ大きさで、よく似ていた。
部屋と月。現実と空。ほんの少しの距離を越えれば、行けそうな気がするのに、やっぱりそれは、思うよりずっと遠い。
けれど、そうやって間違えることができる夜が、たまにある。地上を歩きながら、想像上の部屋に私はなんども、目配せをした。
岡本真帆(おかもと・まほ)
歌人・作家。1989年生まれ。高知県出身。2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)、2024年に第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)を刊行。最新刊に、自身の好きなものを短歌とエッセイで表現した『落雷と祝福』(朝日新聞出版)がある。