満ちていくものから順に覚めてゆく ずっとあなたは海だったんだ
久しぶりに、故郷である高知県四万十市に帰った。学校の先生方の研究大会からの講演依頼だった。羽田から高知空港へ飛び、バスで高知駅へ。そこから特急でさらに西へ二時間、実家の最寄り駅である中村駅まで、乗り継ぎも含めると東京の自宅から七、八時間の道のりだ。三半規管が弱く、下を向くとすぐに酔ってしまうので、列車に乗っている間は何もせず、スマホもしまっておいた。
飛行機でぐっすり眠ったはずなのに、列車でもうとうとと船を漕ぎ、気づけば眠っていた。はっと目を覚ますと、土佐佐賀を過ぎたところで、窓の外には海が広がっていた。暮れていく空とその海の色があまりに淡くて、私はしばらくその光景に見入っていた。
観光地の海のような華やかな美しさではない。ただ、心と体に休息が与えられ、活力が満ちていくその瞬間に飛び込んできた静かな光景は、何よりも美しく特別なものに見えた。
移動とは疲れるものだと思っていたけれど、仕事からもスマホからも離れて、ただ窓の外を眺める時間そのものが、私を癒やしてくれていたのかもしれない。
岡本真帆(おかもと・まほ)
歌人・作家。1989年生まれ。高知県出身。2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)、2024年に第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)を刊行。最新刊に、自身の好きなものを短歌とエッセイで表現した『落雷と祝福』(朝日新聞出版)がある。