Text=YUHO TANAKA Photography=NARUMI TANAKA

東京メトロ[日比谷線]第12回 人形町[Tokyo Pocket 〜マイ・サードプレイスを探して〜]


 喧騒の街の隙間には、小さな「ポケット」のような空間がある。昼休みのひととき、あるいは週末の静かな時間に気持ちをリセットできる、東京メトロ沿線のさまざまな穴場スポットへ。


職人の手仕事を支える店

 江戸の昔から、人が集まり、食べ、遊び、商いをしてきた人形町。今も老舗の味や職人の手仕事が息づく一方、新しい店も少しずつ増えている。懐かしさと新しさが自然に混ざり合う街だ。

 地下鉄の出口からすぐ、ひときわ歴史を感じさせる〈うぶけや〉の看板が目に入る。中を覗くと、ショーケースには毛抜きや鋏、包丁など、さまざまな形状の刃物がずらり。奥の工房で研ぎの作業をしているのは、生まれも育ちも人形町という店の9代の矢﨑大貴さん。店の歴史から、刃物のそれぞれの特徴や用途など丁寧に教えてくれる。かつてこの街にあった寄席「人形町末廣」にまつわるエピソードも興味深い。「紙を自在に切り、客の注文に応じて即興で作品をつくる伝統芸能『紙切り』。その名手、林家正楽さんのために、祖父はオーダーメイドで鋏を仕立てたそうです」。そのオリジナルデザインは、のちに「初代正楽型」として受け継がれているという。時代が変わっても、世代を超えて残り続けるものがある。それは、職人の仕事だからこそ生まれる価値なのかもしれない。〈うぶけや〉を通して、料理人、生花店、呉服店――人形町で商いを続ける職人たちの仕事と、そのつながりを垣間見た。

 

受け継ぎ、そこにあり続ける

 老舗が連なる甘酒横丁、路地裏の隠れた名店など、飲食店に事欠くことがない。人形焼にたい焼きなど、食べ歩きも楽しいけれど、ひと休みしたいときは〈甘味処 初音〉へ。白玉、あんこ、アイスクリームフルーツ……とつい欲張ってしまうメニューを前に、あれこれ悩む時間も楽しい。遠方から通うファンや、近頃は海外からの客も多い。それでもやはり常連さんや地元の人たちにとっては家族の味だそう。「おばあちゃんに連れられて子どもの頃から来ていた、という方もいます。昔のまま今も変わらず残っているというのは、やっぱり嬉しいですよね。」と話す八代目の石山美由紀さん。昔はなかったパフェをつくったり、アイスクリームを取り入れたり。時代とともにメニューは少しずつ広がっているけれど、大切なことは変わらない。良い原材料を選び、手作りで昔ながらの味をコツコツと守り続けている。

 帰り際、「あそこのメンチカツ、好きなのよ」とお墨付きをもらった〈小春軒〉も、地域で愛され続ける一軒。初めて訪れるなら「特製カツ丼」は必食だ。「一度メニューからなくなったんですが、常連さんの声で〝復刻〟させたんです。親に作ってもらった味って、覚えているものなんですよね。親父と協力して再現しました」と四代目の小島祐二さん。戦時中で紙のレシピは残せなかった、と記憶を頼りに蘇らせた一杯から、明治時代の洋食の味が今に伝わってくる。

 店は違っても、同じ街で暮らし、商いをしてきた人たちには、どこか共通する文化やつながりがある。幼い頃には行儀見習いのため「長唄」を習っていた、なんて話が店を訪ねるたびにぽろぽろと出てくる。店を継ぐことは、仕事だけでなく、この街とのつながりを継ぐことでもあるのかもしれない。何代にもわたって続く人と人との関係に、人形町の長い時間が見えてくる。

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人形町通りに立つ2基の「からくり櫓」。11〜19時の毎正時に、約2〜3分間からくり人形が動き出す。

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路地裏の角に、持ち帰り専門のおでん屋さんを発見。暖簾の奥から出汁のいい香り。


1. 
うぶけや

住:東京都中央区日本橋人形町3-9-2
営:9:00〜18:00  ※土曜は17:00まで
休:日・祝日

天明3年(1783年)創業の各種刃物の製造販売を専業とした刃物店。屋号は、初代・㐂之助(きのすけ)の刃物が「産毛も剃れる、切れる、抜ける」と評されたことに由来する。毛抜きや鋏、包丁などを扱い、販売だけでなく研ぎや修理も行う。

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2.
小春軒

住:東京都中央区日本橋人形町1-7-9
営:11:00〜13:30 / 17:00〜19:30 ※土曜は昼営業のみ
休:日曜

1912年創業、“気どらずおいしく”がモットーの洋食屋。人気メニューの『小春軒特製カツ丼(しじみ汁付)』は1500円。割下の隠し味にデミグラスソースを使うのが洋食店ならでは。味の染みたカツに野菜と半熟の目玉焼きを合わせた、どこか懐かしくやさしい味わい。

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3.
甘味処 初音

住:東京都中央区日本橋人形町1-15-6
営:11:30〜17:30
休:火曜

天保8年(1837年)創業。江戸末期にお汁粉店として店を構え、今も甘味処として人形町の街に根づく老舗。みつ豆やあんみつなど、昔ながらの甘味を味わえる。写真は「白玉クリームあんみつ」(1350円)と「杏あんみつ」(1350円)。店頭では持ち帰りもできる。

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