かいじゅうたちのいるところ(冨山房)

【絵本に再び出会う】絵が語ること③ 「かいじゅうたちのいるところ」

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 昭和50年に冨山房から刊行された『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック・作、じんぐうてるお・訳)は長年、世界中の子供たちから読み継がれている人気の絵本で、ファンタジーの世界で遊ぶ子供たちの心の動きが見事に描かれています。私も息子が幼い頃からこの本を一緒に楽しんできました。

 主人公の男の子マックスは、いたずらの大暴れをしてお母さんに夕ご飯抜きで寝室にほうり込まれます。すると、ベッドの周りからは木が生え、テーブルは草の茂みとなっていきます。少しずつ消えていく〝いつもの〟部屋と、マックスの表情からは、子供自身が現実世界を変化させてファンタジーの世界に遊び始めることが見て取れます。

 不気味だけれど、どこかユーモラスなかいじゅうたちの表情に、子供たちは怖さと同時に面白さや親しみを感じていきます。かいじゅうたちの王様になってわが物顔で遊びほうけるマックスと一緒に存分に遊びながらも、あるかいじゅうの足が他のかいじゅうと違って人間の足として描かれていること、そして、そのかいじゅうが表紙に登場していることを息子は発見しました。

 どこからかいい匂いがしてきて、マックスは誰かさんの所へ帰りたくなります。「行かないで」と懇願するかいじゅうたちを「いやだ」と振り切って、マックスは寝室へと帰ってきます。その場面で、「スープとサンドイッチだね」と3歳だった息子が寝室のテーブルを指さしました。その時、私は息子の指さした上の窓の外の景色にふと目がいきました。辺りは暗くなっているけれど、月の位置はマックスが寝室にほうり込まれたときと変わっていません。

 そこからは、マックスがファンタジーの世界で遊んだ時間、言い換えれば、誰かさんに夕ご飯抜きで寝室にほうり込まれた時間がそう長くはなかったことが読み取れます。

 それは、マックスがファンタジーの世界で遊びながら自分の心を整えていたのと同時に、マックスのお母さんもまた心を整えていたのです。

 子供を叱った後に手を差し伸べていく絶妙な「間」をマックスのお母さんが教えてくれます。同時に、頭に手を当てドアを見つめるマックスの表情からは、そんなお母さんへの信頼と愛情が読み取れるのです。(国立音楽大教授 林浩子)

2017年6月23日産経新聞掲載



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