前回、子供はけんかを通し、他者とともに自分を知っていくとお話ししました。しかし、大人のけんかの捉え方や対応によって、子供の経験や学びは違ってきます。2つの例を紹介します。
1つ目は、公園の砂場での出来事です。2歳前後の2組の親子が遊んでいたときのこと、一人の子供がもう一方の子供の玩具を取りました。取られた子は一瞬、「あっ」という表情をしましたが、取った子のお母さんがすぐに「ダメ、〇〇君のでしょ。返しなさい」と玩具を取り上げ、相手のお母さんに「ごめんなさいね。取っちゃって」と玩具を子供に返しました。
一方のお母さんは「大丈夫、大丈夫」と答え、子供たちは何事もなかったかのように遊び続けました。
ここでは、子供自身が取られた悔しさを感じることも、表出する間もないまま解決されています。
2つ目は、保育園の2歳前の子供たちの出来事です。ユカちゃんがお気に入りのコップを持って歩いていると、いきなりサキちゃんがコップを取り上げ、その場からいなくなります。あっけにとられたユカちゃんでしたが、すぐにサキちゃんを捜しました。そこへサキちゃんが戻ってきて、ユカちゃんに別のコップを渡しました。ユカちゃんはそのコップを受け取りましたが、近くにいた保育士さんに「あ~」と声を出して訴えました。
そのとき、サキちゃんは棚の中に隠れていました。2人のやりとりに気付いた保育士さんが、ユカちゃんと一緒に隠れたサキちゃんの元に向かうと、サキちゃんは「いや~」と叫びました。保育士さんはサキちゃんを抱っこして優しく「そのコップが欲しかったのね。でも、ユカちゃんは返してほしいんだって」と、2人の気持ちを代弁しました。サキちゃんは保育士さんの腕の中でしばらく考えるような素振りをした後、コップをユカちゃんに返し、ほっとしたように笑ったのです。
ユカちゃんのコップを取ってしまったサキちゃんですが、代わりのコップを渡したり、棚に隠れたりする姿からは、相手の思いや、相手に嫌がることをした自分に気づいていることが分かります。保育士さんが自分の気持ちを受け止め、考える「間」を与えたことで、サキちゃんは自分で納得してユカちゃんにコップを返し、そのことに安堵(あんど)しています。こんな幼い子供でもいざこざの中で自らの行いを振り返り、自らの行動を改めていくのです。大人は子供を信頼し、子供同士のいざこざに温かなまなざしを向けたいものです。(国立音楽大教授 林浩子)