フィリピンを舞台にした復讐ドラマ。殺人事件の犯人に仕立て上げられた女ホラシアが、復讐のため、身分を隠し、黒幕である元恋人が住む街へと潜入する。元教師の彼女は上品で優しい中年女性に見えるが、突如、ドスの利いた声で相手をひるませもする。長い刑務所生活が、彼女を変えてしまったのだ。だからこそ彼女は、奪われた自分の時間を取り戻そうとする。
驚くべきは、3時間48分という長い上映時間。もちろん最近は3時間を超える映画は珍しくないし、以前この欄で紹介した『嶺街少(クーリンチェ)年殺人事件』も3時間56分という長尺映画だ。だが『嶺街少年殺人事件』で見られたような、一瞬たりとも緩まない異様な緊張感は、この『立ち去った女』にはない。
『立ち去った女』では、派手なできごとはほとんど起こらない。カメラは淡々と登場人物のやりとりを写し続ける。しかもその多くが夜の場面なので、話をする彼らの表情もよくわからない。長回しとロングショットで捉えたモノクロの映像はとても美しいが、正直なところ、開始から1時間ほどは退屈さを感じずにいられない。
でもいつの瞬間からか、食い入るように画面を見つめている自分に気づく。ホラシアが出会う奇妙な人々。アヒルの卵(バロット)売りの男。人懐こい浮浪者の女。自分の体を売り物にする„女“。彼らとの交流を眺めているうち、さっきまで感じていたはずの退屈さは消え去り、いつの間にか映画の観客ではなく、まるでひとりの登場人物のように彼女の人生に参加しているのだ。
復讐劇は、やがてホラシアの人生を肩代わりした者によって意外な結末を迎える。そうして彼女は、再びひとりで歩き出す。今度こそ自分の人生をこの手に取り戻そうと。そこから先は映画では描かれない。彼女がそれを成し遂げるまでには、3時間48分どころではない、長い長い時間がかかるだろう。その途方もない時間を予感させながら、映画はぷつりと終わりを迎える。
時間は、終始淡々と流れていく。それなのに、見ているこちらの体がそのゆったりとした時間の流れに徐々に順応する。この不思議で、けれど妙に心地よい映画体験をどう説明したらいいだろう。わからないまま、なぜかもう一度その時間に身を委ねたくなる。こんな体験は初めてだ。
This Month Movie『立ち去った女』
1997年のフィリピンで、ひとりの女性が刑務所を後にする。彼女の名はホラシア。無実の罪で30年間服役していたが、親友の自白によって釈放されたのだ。事件の裏で手を引いていたのは昔の恋人。服役中に家族もバラバラになったことを知った彼女は、自分を陥れた男への復讐を決意するが…。ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞、フィリピンの鬼才ラヴ・ディアスが贈る美しくも衝撃的な一作。
10月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開。
監督:ラヴ・ディアス
出演:チャロ・サントス・コンシオ、ジョン・ロイド・クルズ
旧作もcheck!
『ブレイブ ワン』
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10年ほど前に見て以来、忘れられない映画。婚約者を殺された女の、悲しくもサスペンスフルな復讐ドラマ
監督:ニール・ジョーダン
出演:ジョディ・フォスター、テレンス・ハワード
Blu-ray発売中 2381円
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