この不思議な浮遊感は何だろう。水面に浮かぶ無数の泡の合間を、ふわふわと漂っているような感覚。それが、『ドント・ウォーリー』に対する率直な感想だ。
『ドント・ウォーリー』は、風刺漫画家ジョン・キャラハンの自伝をもとにした映画。養子として育てられたジョンは、10代でアルコール依存症になり、21歳の時に自動車事故に遭い、胸から下が麻痺してしまう。断酒会に参加した彼は、無事酒を断つことに成功。絵を描くことに目覚め、やがて車椅子の風刺漫画家として地元ポートランドでは有名な存在となる。
依存症を克服し、漫画家として成功した人。そんなふうにジョン・キャラハンの人生をわかりやすく紹介することを、ガス・ヴァン・サント監督は選ばなかった。人生を時系列に沿って描かず、過去と現在を行ったり来たりしながら、ジョンの生きた時間を、ひとつまたひとつと、点状に描写していく。ジョン本人が描いた漫画を交えながら。
あてどない過去への旅は、依存症克服のためのグループミーティングへの参加から始まる。主宰者ドニーに導かれ、ジョンは過去の記憶を少しずつふり返る。事故の起きた夜。病院でのリハビリ。寂しかった幼少期。顔も知らない母親。ぽつぽつと記憶がよみがえるうち、自分はなぜ酒に溺れ、なぜそこから這い出ようとしているのか、ジョンは自分に問いかける。
ミーティングで出会う人々も、リハビリで出会った女性アヌーも、ジョンを取り囲む人々はみな驚くほど魅力的だ。けれど不思議なことに、その誰もが、どこかぼんやりとした奇妙な印象を残す。まるでジョンの前に現れた幽霊か天使のように。彼らは、ジョンの人生にふいに加わり、そっと姿を消す。その軽妙さが、かえって心に残る。出会いと別れと再会をくりかえし、ジョンは走り続ける。ものすごいスピードを出す車椅子とともに。
この映画は、一人の男が過去をやり直すとか、人生を取り戻すといった、単純な物語を描くことをしない。とりとめのない無数の物語が、そこかしこに散りばめられている。やがてその隙間から、ジョン・キャラハンの人生がぼんやりと浮かび上がる。皮肉屋で、ときに辛辣な漫画で人々を驚かせるジョンは、いつだってユーモアを欠かさない。その人生は、光と幸福に満ちている。

This Month Movie『ドント・ウォーリー』
車椅子に乗り、街を颯爽と駆け抜けるジョン・キャラハン。21歳で車椅子生活となり、アルコールに溺れ、自暴自棄な生活を送っていた彼は、様々な人々との出会いから、自分の人生を立て直そうと決意する。故ロビン・ウィリアムズが自身の主演による映画化を切望していたという、型破りな風刺漫画家キャラハンの自伝を、ガス・ヴァン・サント監督が映画化。
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにて公開中。
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ
旧作もcheck!
『レイチェルの結婚』

アン・ハサウェイが、姉レイチェルの結婚式にやってきた薬物依存症の妹キム役を演じる。自分の弱さを憎み、それでももう一度立ち上がる者の強さを描いた傑作。
DVD:1400円
発売・販売元:株式会社ハピネット