昨年、『愛がなんだ』が話題になった今泉力哉監督。その新作が同性愛者である青年たちの物語と聞き、こちらもやはり現代の恋愛映画だろうとすぐに思った。だが予想は、いい意味で裏切られた。
冒頭、迅と渚、ふたりの青年がベッドで戯れている。その後、数年間の空白の後、田舎暮らしをする迅の様子が映される。どうやら彼は渚と別れた後、ひとりで静かな暮らしを続けているようだ。そこへ突然、娘を連れた渚が姿を現し、事情もわからぬまま、3人での生活がぎこちなくスタートする。
無口で表情のかたい迅に対し、渚は一見軽薄そうだ。だらしがなくて甘え上手で、腹がたつのになぜか放っておけない。へらへらとした彼の様子に、映画『ブエノスアイレス』でレスリー・チャンが演じた、最高のダメ男を思い出す。
映画の主題は、ふたりの恋愛関係から、徐々に彼らを取り巻く社会へと向かっていく。自分たちの関係をオープンにすること。子どもを育てること。壊れてしまった関係を再びつくり直すこと。いくつもの問題が積み重なり、渚の娘、空の親権をめぐる離婚調停が白熱し始める。
法廷では、それまでの広大な風景が失われ、無機質な空間で、俳優たちの動きも制限される。言葉のかけあいが中心となり、なにより、ここではたった一つの正しい答えが求められる。いくつもの関係性を繊細に描くこの物語から、どうやって一つの答えを導き出すのかと、思わず不安がよぎる。
それでも、カメラは決して彼らの姿から目をそらさない。一つひとつの言葉と、それによって起こる表情の微妙な変化を、根気よく映し続ける。やがて彼らはある答えを見つける。それが正しい答えかはわからない。けれどこの先に進むために、ひとまずは決着をつけ、その答えに向き合うことを彼らは選ぶ。
世界中でふたりきり。そんなふうに彼らが孤立しそうになる瞬間が、いくつもある。だがそのたびに、何かが彼らを押しとどめる。それは誰かの言葉であったり、ためらうような視線であったりする。そうして彼らは、他者と向き合う術を学んでいく。同性愛者の恋人たちが直面する様々な問題を前に、監督は、決して抽象的な描写に逃げ込まない。そのどこまでも誠実な演出に、胸を打たれた。
迅と渚と空が暮らすのは、岐阜県白川町。美しいロケーションのなか物語が綴られていく
This Month Movie『his』
田舎でひとり、静かに暮らしている迅(しゅん)のもとへ、かつての恋人・渚(なぎさ)が突然訪ねてきた。渚は、迅と別れた後、女性と結婚し、6歳の娘・空(そら)をもうけていたが、現在は離婚調停中。渚に押し切られるように3人での生活が始まるが、周囲の偏見の目、空の親権問題と、彼らを取り巻く環境は徐々に厳しいものとなっていく。同性愛者の青年二人の恋愛と、彼らが直面する社会を誠実に描いた現代ドラマ。
1月24日(金)より新宿武蔵野館ほかにて公開。
監督:今泉力哉
出演:宮沢氷魚、藤原季節、松本若菜
旧作もcheck!
『愛と法』
法廷場面も登場する『his』の監修を務めたのは、自身も同性愛者である南和行弁護士。彼とパートナーとの日常を追ったドキュメンタリー映画もあわせて見たい。
公式HP http://aitohou-movie.com/
監督:戸田ひかる