レコード屋の店長が、昔の恋人を訪ね歩き、自分が何を間違えたかを考察する『ハイ・フィデリティ』。29歳の大学講師が、3人の女性との関係を振り返り、自分を再発見する『そして僕は恋をする』。この2作をはじめ、恋愛関係をもとに自己を探し当てる物語は、映画の定番中の定番だ。
ただし、それはいつだって「男の物語」だった。身勝手な男たちは、自分はダメな人間だと落ち込み、昔の彼女に叱咤されては、許される。それなら、過去の男たちから許され、祝福される身勝手な女だって、いてもいいのでは?
そんな問いに答えたのが、デンマーク出身のヨアキム・トリアー監督の新作『わたしは最悪。』。人生に行き詰まったままの女性ユリヤは、ラブコメ映画の主人公のごとく、恋した男のもとに全力疾走し、かと思えば過去の男を振り返り、自分探しに奔走する。
ユリヤは、大学の専攻を何度も変えたものの、いまだ目標が定まらない。いまは本屋でバイトをしながら、グラフィックノベル作家で年上の恋人アクセルと暮らしている。40代のアクセルは子供を望んでいるが、彼女にはまだ母親になる自信がない。理想の人生とは何なのか。悩んでいたある日、パーティーで同世代の男性アイヴィンと出会い、彼に惹かれていく。
ユリヤは、決してダメ人間ではないが、正しい人間でもない。自分に自信がないくせに尊大で、何者かになりたいと夢を抱き続ける。いつも満たされず、うまくいかない人生は恋人のせいだというように、相手に怒りをぶつけてしまう。
それでも、アクセルとアイヴィンとの出会いと別れを通じて、ユリヤはようやく気づく。ずっと探していた自分の人生とは、つまり彼らと過ごした時間そのものだったと。彼らとの日々はたしかに自分を変え、彼らもまた、ユリヤによってその人生を変えられた。間違いや失敗はあったけれど、決して無駄な時間ではなかったのだ。
時間はどんどん流れ、終わった関係もあれば、新たに始まった関係もある。人生とは、誰と出会い、どのように関係し、そしてどんな別れを選んだか、その選択の積み重ねによってつくられる。ひとりの女性の「生」を見つめた、人生讃歌。ユリヤが成長したのかはわからない。でも、たしかに何かが変わったはず。
ある夜、パーティーで出会ったユリヤとアイヴィン。互いの恥ずかしい経験を披露し合うやりとりが、不謹慎でとにかく楽しい。
This Month Movie
『わたしは最悪。』
大学時代から目指す職業を何度も変え、30歳近くになったいまも目標が定まらないユリヤ。年上のグラフィックノベル作家アクセルとつきあい、安定した生活は得たものの、彼との結婚や子づくりには乗り気になれない。そんなある日、彼女は同世代の男性アイヴィンと出会い、意気投合する。新たな恋とともに、彼女は今度こそ目指すべき道を見つけようとするが…。
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。
監督:ヨアキム・トリアー
出演:レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
旧作もcheck!
『そして僕は恋をする』
© why not productions - la sept cinéma - france 2 cinéma
ポールは、長年つきあったエステル、親友の恋人シルヴィア、新恋人ヴァレリーの間で逡巡し自分を発見する。
監督:アルノー・デプレシャン
アルノー・デプレシャン初期傑作選Blu-rayBOX:1万5400円
発売:株式会社アイ・ヴィー・シー