映画の中ではいつも、女性の裸足は性的なまなざしに晒されてきた。靴を脱いでベッドに横たわり、男を誘惑する女。車の外に投げ出した女の足の裏に、欲情する男。女の裸足は常に性的な何かを象徴し、艶めかしさを演出してきた。
けれど、『裸足で鳴らしてみせろ』で足を晒すのは、女ではない。気怠げに投げ出された男の両足がアップで映る冒頭ショットから、これは男たちの裸足によって語られる物語なのだと、この映画は宣言する。
どこか無骨なその足の持ち主は、養母を献身的に支える槙。その裸足に惹きつけられるのは、父が営む不用品回収会社を手伝う直己。特別な接点もないかに見えた二人の青年は、プールサイドで出会い、惹かれ合う。
やがて槙の養母、美鳥が病に倒れたことで、彼らの仲は急速に進展する。槙は、自分の代わりに世界中を見てきてほしいという美鳥の願いに応えようと、ある日旅に出る。そして直己も彼に協力し、世界旅行に出発する。ただしそれは「音」の旅。金銭的に余裕のない二人は、テープレコーダーに世界の名所を模した「音」を吹き込んでは、旅の記録として美鳥に届け続けるのだ。
この「音」の採取の様子が、とにかく楽しい。なんの変哲もない砂場が広大な砂丘になり、プールに浮かぶビニールボートは、洞窟を進む船に変わる。現実を記録しながら、想像力によってより大きな世界をつくりだす。その作業風景は、まるで映画づくりのようだ。
旅とともに、二人の関係も徐々に変化する。人から触れられるのを恐れて生きてきた槙と直己は、どちらからともなく相手の体に触れたいと欲望し始める。初めて抱く欲望に戸惑いながら、彼らは視線をぶつけ、足を、手を絡め合う。
どう見ても、二人の間にあるのは恋心と欲情だ。それなのに、その関係は簡単には前に進まない。自分の性的指向を認める怖さからか、新しい場所へ踏み出す恐れか。相手を抱きしめる代わりに、彼らはふざけ合い、互いを傷つけることしかできない。それがなんとももどかしい。
裸足によって奏でられる、不器用な男二人のラブストーリー。彼らの旅は、どこに行き着くのか。そうして旅の果てに、もう一度、最高の裸足のシーンが待っていた。
監督は、前作で第40回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)でグランプリを受賞した新鋭・工藤梨穂。
This Month Movie
『裸足で鳴らしてみせろ』
父が営む不用品回収会社で働く直己(なおみ)は、泳ぎを覚えようと出かけたプールで、監視員のバイトをする槙(まき)という青年に出会う。槙は、盲目の養母・美鳥と二人で暮らしているが、ある日、美鳥は病に倒れてしまう。「自分の代わりに世界を見てきてほしい」という美鳥の願いを叶えるため、槙と直己は、「世界の音」を求めて、偽りの世界旅行に出発する。奇妙な共犯関係の中で、二人の間に徐々に特別な感情が芽生えていく。
ユーロスペースほかにて公開中。
監督:工藤梨穂
出演:佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩
旧作もcheck!
『ブエノスアイレス 4K』
© 1997BLOCK2PICTURESINC。 © 2019JETTONECONTENTSINC.ALLRIGHTSRESERVED.
『裸足で鳴らしてみせろ』には、不器用な男二人の恋を描いた、97年公開のこの映画へのオマージュがたっぷりとこめられている。
監督:ウォン・カーウァイ
8月19日(金)よりグランドシネマサンシャイン池袋ほかにて上映