© 2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

森でのおとぎ話が教えてくれる、喪失との向き合い方《映画でぶらぶら》


 森の中では、どんなことでも起こりうる、そんな気がする。有名なおとぎ話の多くは森で誕生するし、映画では、森はしばしば異界への入り口となる。

 セリーヌ・シアマ監督の最新作『秘密の森の、その向こう』の舞台も、やはり木が鬱蒼と茂る森の中。8歳のネリーは、両親と一緒に、祖母が住んでいた森の家にやってくる。祖母が亡くなり、家の片付けをしにきたのだ。だがこの家で育った母マリオンは、大事な人を失った悲しみから立ち直れず、娘と夫を残し、家を出ていってしまう。

 ネリーには、母の心の痛みがよくわかる。でも、どうしたら母を癒やしてあげられるのか、その方法がわからない。寂しさを紛らわすため散歩に出たネリーは、森の奥で自分と同じ年頃の少女と出会う。彼女の名前は母と同じ「マリオン」。彼女が案内してくれた家にいくと、そこはネリーの祖母の家とうり二つ。よく見ると、ネリーとマリオンの顔や背格好も、他人とは思えないほどそっくりだ。

 こうして物語はどんどん奇妙な世界に入り込む。とはいえ、いわゆる謎解きが目的のミステリーにはならない。森ではどんなことでも起こりうる、とでもいうかのように、ネリーとマリオンは、このふしぎな事態をすんなりと受け入れ、姉妹のように遊び出す。

 二人は、一緒に森の小屋を完成させ、雨で濡れた服を着替え、ご飯を食べ、互いの秘密を打ち明け合う。自分たちだけでおやつをつくり、フライパンから飛んでいったクレープに大笑いする。子供たちが無邪気に遊ぶさまがただ静かに映される。それは何より贅沢で幸福な時間だ。

 ただし、その裏には、暗い影がぴたりと張り付いている。大好きな人を失うこと。最後の別れを言うこと。悲しみにくれる家族の姿を目にすること。子供がひとりで背負うには、死は、あまりに重すぎる。だから二人は、鏡を覗き込むように互いの姿を見つめ合う。このぞわぞわとする思いを、どう名付けたらいいのか。相手の中に自分の感情を発見し、悲しみと恐怖心を昇華させていく。

 喪失と向き合い、少女たちは少しだけ前に進む。上映時間73分のこの映画が映すのは、ほんのわずかな時間。だけどそれは、きっと彼女たちの人生でもっとも大事な時間になる。

metro235_eigadeburabura_1.jpg

ネリーとマリオンを演じるのは、実際の姉妹。監督の「本当の姉妹で撮影したい」という要望を受け、キャスティングされた。

This Month Movie
『秘密の森の、その向こう』

 大好きなおばあちゃんを亡くした8歳のネリーは、両親と一緒に、森の中にある祖母の家を訪れる。だが悲しみに暮れる母は、家族を残し、ひとりで姿を消してしまう。戸惑いながら森を散策していたネリーは、自分とそっくりな少女マリオンと出会う。こうして、少女たちのふしぎな冒険が幕を開ける。『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督最新作。

9月23日(祝・金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
監督:セリーヌ・シアマ
出演:ジョセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス


旧作もcheck!

『わたしたち』

metro235_eigadeburabura_2.jpg

© 2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

10歳の少女たちの出会いとすれ違い。学校でのいじめをテーマにした本作は、子供たちが抱える痛みを丁寧に描きだす。

監督:ユン・ガウン
DVD:4180円
発売元:マンシーズエンターテインメント

NEXT: 今月のはしごムービー


LATEST POSTS