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絶え間ない運動に満ちた、あまりにも残酷な恋愛喜劇《映画でぶらぶら》


 この映画を初めて見たのは、二十年くらい前。台北のオフィス街で繰り広げられる恋愛喜劇を、それなりに面白く見ながらも、当時の自分が、そのすごさに気づいていたとは思えない。ただ、最後のエレベーターの場面に興奮したのは、よく覚えている。

 それが、いま改めて見直し、衝撃を受けた。これは紛れもなく傑作だった。裕福な家に生まれ、恋愛も仕事も自分のやりたいようにやってきたモーリー。彼女の横には、いつも笑顔を絶やさず、誰からも好かれる親友のチチがいる。正反対の二人の女性たちのまわりを、それぞれの恋人や家族、友人たちが取り囲み、恋をしたり、別れたり、裏切ったりを繰り返す。

 それはいかにも都会的な恋愛ゲームに見える。だが、街中を駆け回り、画面から出たり入ったりをひたすら繰り返す彼らを見るうち、ある事実に気づく。結局のところ、ここでは誰もが交換可能な存在で、絶対的なもの、永続的なものなどなにひとつないのだ。人々は経済と恋愛にまつわる問題を抱え、右往左往するばかり。自分はこの社会で、どう金を稼ぐべきなのか。誰を愛し、誰に愛されるべきなのか。答えは見つからず、自分の存在価値などどこにもない。その絶望的な現実を、これほど滑らかに、美しく映した映画が、ほかにあっただろうか? 

 この映画をなにより稀有なものにしているのは、カメラの動きだ。ほとんどのシーンが、カットを割らず長回しで撮影され、二人の人物が延々と会話を続けたかと思うと、カメラはふっと横を向き、そこから思わぬ人物が登場する。ひとりが画面の外に出てしまうと、カメラは去っていく人の姿を根気良く追いつづける。どんな場面でも、ドラマは終わるかと思いきや急展開し、あるいは別のドラマが突然幕を開ける。だから私たちは画面の隅々まで目を凝らさずにいられない。そんな不思議な緊張感が、この映画を貫いている。

 『エドワード·ヤンの恋愛時代』のすごさを知るには、人々がどんなふうに会話し、どう画面の中から立ち去るのか(あるいは戻ってくるのか)を、ただじっと見つめつづければいい。そうすれば、この映画が絶え間ない運動に満ちていること、それがどれほど感動的であるかが、きっとわかるはずだから。

 

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夜の場面と車の場面がどう映されているか、というのも、この映画の注目すべきところ。

This Month Movie
『エドワード·ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』

 1990年代前半の台北。大財閥の娘モーリーはエンターテインメント会社を経営しているが、経営難に陥っている。一方、モーリーの親友で同じ会社で働くチチは、恋人ミンとの関係が怪しくなりつつある。モーリーの姉夫婦、スランプ中の演出家など、二人を取り巻く人々による恋愛喜劇は、可笑しみにあふれながらも、現代社会の残酷さをさらけ出す。1994年製作の傑作映画が、4Kレストアでよみがえる。

8月18日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。
監督:エドワード・ヤン
出演:ニー・シューチュン、チェン・シァンチー


旧作もcheck!

『台北ストーリー』

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台北のオフィス街で働く女と、都会の生活に馴染めずにいる、彼女の幼馴染の男との顛末を描いた本作は、『恋愛時代』の前日譚のよう。

監督:エドワード・ヤン
ブルーレイ:5280円
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング

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