Text=TAKUMI OKAZAKI Photography=YUYA SHIOKAWA

東京メトロ[東西線]第1回 神楽坂[Tokyo Pocket 〜マイ・サードプレイスを探して〜]


 喧騒の街の隙間には、小さな「ポケット」のような空間がある。昼休みのひととき、あるいは週末の静かな時間に気持ちをリセットできる、東京メトロ沿線のさまざまな穴場スポットへ。


石畳の上の時間旅行。

 神楽坂を歩いていると、東京が旅先に変わる。坂道を上ったり下ったりするだけで、日常からふっと切り離されるような気分になるのは不思議だ。石畳に差す午後の光や、路地裏にひっそり残る木造家屋。和の趣とヨーロッパの優雅が同居するこの街は、ほっと息をつける場所を探すのにちょうどいい。

 最初に立ち寄ったのは〈かもめブックス〉。本屋であり、カフェでもある独立系書店だ。扉を開けると、大型書店にはない静けさと、丁寧に選び抜かれた本たちの存在感に包まれる。ここでは棚ごとにテーマが設けられ、スタッフの視点で選ばれた本が並んでいる。だからこそ、一冊一冊に確かな「物語」が宿っているように思える。

 「読書好きの方だけでなく、ふらっと立ち寄った方にも〝本って面白い〟と感じてほしい」店員の宮崎さんはそう話す。その言葉通り、普段なら素通りするジャンルの本でさえ、ここでは自然と気になってしまう。不意に開いたページが、思いがけない世界へと連れ出してくれる。

 買ったばかりの本を小脇に抱え、〈アカアマコーヒー〉へ。タイ北部・チェンマイに本店を構えるコーヒーショップの日本1号店で、タイの山岳民族・アカが育てた豆を使った一杯が楽しめる。

 店員さんと話しているうちに、隣の席にいた犬連れの女性との会話も生まれる。「ここには毎週通っているんです」と話す彼女のお気に入りはアイスカフェラテ。普段は家でリモートワークをしているが、頭がパンクしそうになったときはパソコンを置き、ノートとペン、そして愛犬を連れてここに来るのだという。

 「この街は、昔ながらの街並みと、新しい文化が共存しているのが好き」と彼女は話す。神楽坂は、最新の地図に江戸時代の地図を重ねても、道の形はほとんど変わらないそうだ。それでいて、小さなカフェや雑貨店が次々と生まれ、街に新しい空気を運んでいる。なるほど、だからこの街を歩いていると、まるで時間を旅しているような気分になるのか。
 

日常を彩る、
ちょっとした居場所。

 日が暮れ始めたら、路地裏に佇む宮造り銭湯〈熱海湯〉の暖簾をくぐる。「昔は花街だったから、芸者さんが毎日のように来ていた」と、昭和18年生まれ、82歳のご主人が教えてくれた。今も半分以上が常連客で、「おしゃべりのために来る人もいる」と笑う。

 薪で沸かした熱めの湯に身を委ねて、天井を見上げる。年配のお客さんたちの会話が、自然と耳に入ってくる。その輪の中に身を置いていると、不思議と自分もこの街の一部になれた気がする。

 帰り道、また近いうちに神楽坂に来ようと思った。小さな書店で見つけた一冊、カフェでの出会い、銭湯での静かな時間。どれも特別なことではないけれど、こういう時間があるだけで、日常にちょっとした余白が生まれる。豊かに生きるために必要なのは、大きな家でも豪華な別荘でもなく、心を遊ばせられる小さな居場所なのかもしれない。

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石畳の路地には、かつて花街として栄えた面影が残る。タイムスリップした気分に。

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提灯の街路灯が風情たっぷりの、神楽坂通り。
観光客もローカルも行き交う。


1. 
AKHA AMA COFFEE
KAGURAZAKA

住:東京都新宿区赤城元町1-25
営:8:00〜19:00 (L.O. 18:30)
休:なし
@akhaamacoffee.japan

タイ北部の古都チェンマイで人気を集めるコーヒーショップの日本1号店。「アカアマ」は山岳民族・アカのお母さんを意味する。コーヒー農家に生まれた創業者リーさんが、生産者に利益を還元し、故郷の村を豊かにしたいという思いから立ち上げた。

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2.
かもめブックス

住:新宿区矢来町123 第一矢来ビル1階
営:11:00〜20:00 
休:水曜
https://kamomebooks.jp/

本の校正・校閲を手掛ける「鷗来堂」が運営する独立系書店。棚ごとにテーマを設け、店員さんが選んだ書籍が並ぶため、普段あまり本を手にしない人でも興味をもちやすい空間設計が魅力。併設のカフェスペースで購入した本を楽しむこともできる。

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3.
熱海湯

住:東京都新宿区神楽坂3-6
営:14:45〜24:00 
休:土曜

1954年創業、今も薪で湯を沸かしつづける数少ない銭湯のひとつ。浴室の壁には絵師・中島盛夫が手掛けた富士山のペンキ絵が広がり、脱衣所からは鯉の泳ぐ中庭が望める。格子天井や番台式の造りも健在で、古き良き東京の趣を今に伝える。

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