その後のケーキの発展は、フランス菓子の歴史となります。世田谷のフランス菓子「池ノ上ピエール」は1971年の創業で、一時はメニューのないフレンチレストランも経営していました。かなり昔のことでフレンチレストランそのものがほとんどない時代でもあり、西麻布や六本木のビストロ全盛期でしたので、前日の予約の際に何を作ってもらおうか?かなり戸惑った記憶があります。
「シェ・イノ」の井上さんや「クイーン・アリス」の石鍋さんが独立する前でしょうか?記憶が定かではありません…
そのピエールから派生し代々木公園にできたケーキ店が「粉と卵」(奥沢に移転)で、代々木上原の「ダリオルール」(閉店)などもフランス菓子の前線にあったと思います。
1977年開店の成城学園の「マルメゾン」は、堀口珈琲世田谷店の真向かいにも出店しましたが、このあたりの歴史はフランス帰りの第一世代であるオーナーの大山さんに聞けば詳しいことがわかるでしょう。フランスでも見かけない古典的地方菓子のある「オーボンヴュータン」の河田さん(移転/尾山台)やダックワーズで有名な「16区」の三嶋さん(福岡市/何度か食べによりました)などが長い歴史を刻んできています。
その後、大山さんや河田さんのもとから独立した方々が多く出店し、さらには新しい世代が次々と生まれ、日本のフランス菓子を発展させてきています。
そして、この業界で最も衝撃が走ったのが今から30年前に代々木上原と代々木八幡の中間あたりの住宅街にできた「イル・プルー・シュル・ラセーヌ」でした。