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《映画でぶらぶら》川と船と猫たちと。まるで宝箱のような豊かさを持った珠玉の映画


 映画を見ていて、川が出てくるとなぜかうれしくなる。川は、海よりも、もっと現実的で身近な存在で、そこではいつも生活に密着した場面が展開される。川の遊覧船で語り合う恋人たちもいれば、馬に乗って川を横断するカウボーイたちもいる。古今東西の映画に登場する様々な川と名シーン。そのなかでも忘れられない「川映画」を1本挙げるなら、やはり『アタラント号』しかない。

 『アタラント号』は、1934年に撮影された後、いくつもの不運に見舞われる。監督のジャン・ヴィゴは、長編デビュー作となる本作を撮影後、29歳の若さで亡くなり、映画は監督の手から離れて編集された後、製作会社の意向でタイトルを変えられてしまう。その後、何度も修復版がつくられてきたが、2017年のカンヌ国際映画祭で世界初となる4Kレストア版がお披露目、このたび日本での公開が実現する。

 この映画を見て、80年以上前の作品が放つ瑞々しい輝きに驚いた。物語は、フランスの川を行き来する船「アタラント号」を舞台に、若き船長夫婦の仲違いとその解決を描いた、いわば新婚悲喜劇。村で結婚式をあげた夫婦は仲睦まじくじゃれ合うが、パリの街に憧れる妻は、ある日ひとりで船を下りてしまう。怒った夫は船を出発させるが、やがて自分のふるまいを後悔する。意気消沈した夫は、以前妻から言われた言葉を思い出す。「目を開けたまま水に顔をつけると、愛する人の顔が見える」。夫は川へ飛び込み、そこで婚礼衣装に身を包んだ妻の幻と出会う。

 まるでダンスをするように、妻の幻影と戯れる男。その幻想的な美しさを目にして、映画のなかで描かれる川が、なぜこれほど感動的なのか、わかった気がする。決して美しいとはいえない小さな川は、日常のごく身近な風景。でも勇気を出してそのなかをのぞき込めば、私たちを夢の世界へと誘ってくれる。

 『アタラント号』は、まるで宝箱のような豊かさを持った映画だ。やきもきさせる新婚夫婦のドラマはもちろん、船員として働くジュールおじさんのはちゃめちゃぶりや、彼が可愛がる猫たちの見事な演技など、何もかもが幸福でロマンチック。映画に必要なものはすべてここに詰まっている。見終わったあと、思わずそう叫びたくなる。

metro192-movie-01.jpg名優ミシェル・シモン演じるジュールおじさんのコメディアンぶりは、見ているだけで幸せな気分にさせられる

This Month Movie『アタラント号 4kレストア版』

 フランスの河川を行き来する船、アタラント号で生活する若き船長ジャンは、村の娘ジュリエットと結婚し、新婚生活を満喫中。だが船での生活に飽きてきたジュリエットは、憧れのパリの街を楽しもうと、こっそり船を下りてしまう。怒ったジャンは彼女を置いて船を出発させるが、妻への思いは徐々に募っていく…。夭折した天才監督による珠玉の名作が、修復版でよみがえる。

12月29日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開。

監督:ジャン・ヴィゴ
出演:ディタ・パルロ、ジャン・ダステ、ミシェル・シモン


旧作もcheck!

『アンダーグラウンド』

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 バルカン半島を舞台にした映像叙事詩。映画内で、『アタラント号』の水中での花嫁との再会シーンにオマージュもささげられている。

監督:エミール・クストリッツァ
出演:ミキ・マノイロヴィチ
Blu-ray:4500円
販売元:株式会社ディスク・ロード

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