ある日突然、仕事のパートナーである監督が急死してしまった、映画プロデューサーのチャンシル。長年監督と二人三脚でやってきた彼女は、仕事も人脈も失い、40歳にして人生の大危機に。
韓国の映画界を舞台にした、どん底からの復活喜劇。といっても、チャンシルの「どん底」はあくまでささやかな「転落」だ。莫大な借金を背負ったり、仲間からひどい裏切りを受けたりといった劇的なドラマはない。だが監督の死を機に、彼女は重大な問いを突きつけられる。あなたはこれまでどんな仕事をしてきたのか? そう問われても、彼女はうまく答えられない。愛する映画に人生のすべてを捧げてきた。だけど具体的に何をしてきたのか、自分の本当の価値はどこにあるのか、チャンシルは答えのない迷路に迷い込む。
これが初の長編映画となる監督のキム・チョヒは、実際にホン・サンス監督の作品を数多く手がけ てきた元プロデューサー。話自体はフィクションだが、業界をよく知る人だからこそ描けるリアルさが楽しい。
仕事も金も、恋人も家族もいない。ないもの尽くしの中年女性が主人公になると、往々にして大仰 なコメディになりがちだ。自分の境遇を嘆いて泣き喚いたり、他人から嘲笑され激怒したり。でもこ の映画は、決して主人公を惨めな女性としては描かない。たしかにチャンシルは、新たな道を切り開 こうとし、ときに迷走する。節約のため郊外の一軒家に引っ越すが、変わり者の大家さんやおかしな同居人に振りまわされる。自分を慕う女優ソフィの家で家政婦として働きだし、「あんなに活躍していた人が...」と周囲に同情される。仕事がだめなら恋に生きようと新人監督ヨンとの関係に浮かれるが、つい暴走し、ときにファンタジーの世界に入り込む。
だけどチャンシルは、自分をことさらに卑下したりはしない。何があろうと淡々と道を進んでいく。 カメラは、そんな彼女を遠くからそっと眺め、観察する。喜劇と悲劇の間をたゆたうような、慎ましく公平な距離感にほっとする。
さまざまな冒険を経て、人生の第二章が始まる。軽やかに、穏やかに、チャンシルは歩いていく。 その足取りを追ううち、不思議な味わいのこの映画に、気づけば夢中で見入っていた。

This Month Movie『チャンシルさんには福が多いね』
映画プロデューサーのチャンシルは、大好きな映画のため、仕事一筋でキャリアを重ねてきた。だが長年一緒に仕事をしてきた映画監督が急死し、すべての仕事が白紙に。家も仕事も失ったチャンシルは、これを機に自分の人生を見つめ直すが、物事は思うように進まない。実際に映画プロデューサーとして活躍し監督に転身したキム・チョヒが、自身の経験をもとに描いた不思議な味わいの人間喜劇。
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中。
監督:キム・チョヒ
出演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン
旧作もcheck!
『欲望の翼』
『チャンシルさんには福が多いね』を見る前にぜひ予習してほしいのがこの映画。2作品がどう関わってくるのかは見てのお楽しみ。

監督:ウォン・カーウァイ
DVD 1429円
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント