スクリーンの向こう側から聞こえる音が、私の体を振動させる。いまにも手が、足が動き出してしまいそうで、ウズウズした。こんな至福の体験は久々だ。
ほとんどなにもないかに見える平坦な舞台の上で、お揃いのグレーのスーツに身を包んだ12人のミュージシャンがずらりと並ぶ。足元はみな裸足。肌の色も、性別も、年齢も異なる集団の真ん中に、デイヴィッド・バーンが立っている。彼らはトーキング・ヘッズ時代の楽曲を含めたヒット曲を次々に歌い、踊り、演奏する。
この最高のショーを撮影したのがスパイク・リーだと聞いて、最初は意外に思った。スパイク・リーは、アメリカで黒人が直面する差別や偏見を、常に真正面から提起しつづけてきた映画監督。いつも表情ひとつ変えぬデイヴィッド・バーンの平静さと、スパイク・リーの映画が持つ露骨さ、直截さとが、どうも結びつかなかった。
けれどそんな違和感はすぐに吹き飛んだ。このショー自体が、政治的な宣言なのだ。あいかわらずデイヴィッド・バーンは汗ひとつかかず、冷静沈着。その反面、じつに雄弁に、熱心に、観客へ話しかける。人々を笑わせながら、いまのアメリカが抱えるさまざまな問題を、明快に語っていく。人種差別の愚かさについて語り、選挙への投票を呼びかけ、BLMとの共闘を宣言する。
そんな政治的ショーを、スパイク・リーもまた軽やかに捉えていく。カメラは舞台の正面から頭上へ、さらにその後ろへまわり込み、舞踏のように動きまわる彼らの姿をダイナミックに映し出す。激しい動きのなかで、ときにデイヴィッド・バーンの姿を見失いそうになる。中心にいるべき彼が、同じスーツを着た群れに紛れ込み、歌声すらほかのメンバーの声に溶け込んでしまう。でもそれでいい。舞台上では、誰もがみな平等だ。
平等なのは舞台上だけではない。楽器を抱えた12人は、舞台と客席との境界を飛び越え、観客のなかへとどんどん入り込む。スクリーンと観客との距離もぐっと縮まり、言い知れぬ高揚感が訪れる。
このうえない幸福感とともに、幕は閉じる。それでもショーは続く。劇場を抜け出し、カメラは街へ飛び出す。最高のショーは、あらゆる壁を越え、現実のアメリカへ、そして世界へと波及する。

This Month Movie『アメリカン・ユートピア』
宇元トーキング・ヘッズのフロントマンで、いまも人気ミュージシャンとして数々のアルバムや楽曲を発表しているデイヴィッド・バーン。本作は、2018年の同名アルバムを原案にブロードウェイで上演されたショーを、映画監督スパイク・リーが映画として再構成した。大勢の観客の前で歌い、演奏するデイヴィッド・バーンとミュージシャンたち。不思議な一体感に満ちた、至福の音楽ドキュメンタリー。
5月28日より公開予定。詳細は公式ホームページ、SNS等をご覧ください。
監督:スパイク・リー
出演:デイヴィッド・バーン
旧作もcheck!
『ストップ・メイキング・センス』
1983年のトーキング・ヘッズのライブを撮影した音楽ドキュメンタリーの傑作。若きD・バーンの姿にうっとり。

監督:ジョナサン・デミ
Blu-ray:2500円
DVD:1900円
発売・販売:キングレコード