冒頭、真っ暗な部屋で、突然大きな音が鳴り響く。巨大な何かがぶつかったような強烈な爆発音。その音が、私たちの体を強く震わせ、不思議な世界へと誘いこむ。
2016年に日本で公開された『光りの墓』で、原因不明の「眠り病」に襲われた兵士たちを描いたアピチャッポン監督は、どうやら眠りと夢に取り憑かれているようだ。コロンビアで撮影された最新作『MEMORIA メモリア』では、ある夜明けに聞いた音によって眠れなくなったイギリス人の植物学者ジェシカを主人公に、幻想的な物語を展開する。
睡眠時に突然頭の中で鳴り響く爆発音と、それにより引き起こされる不眠症。これは「頭内爆発音症候群」という病気で、監督自身が過去にその症状を患った経験から、物語を発想したという。日常でも唐突に現れ、自分を支配する音に、ジェシカは困惑しながらもいつしか魅入られていく。これは、本当に自分の頭の内側でだけ鳴る音なのか。どこか別の場所で音が鳴り響き、自分はその反響音を聞いているのではないのか。だとすれば、それはどこで生まれ、なぜ自分だけが反応してしまうのか。
音の正体を知ろうと、ジェシカは音響技師のエルナンという青年に助けを求め、手がかりを得る。また好奇心旺盛な彼女は、妹が入院する病院で考古学者のアニエスと知り合い、何千年も前の人骨に興味を抱く。アニエスに教えられ発掘現場を訪ねたジェシカは、偶然行きついた村で、エルナンという名前を持つ別の男と出会う。
内なる音に導かれコロンビアを旅するジェシカは、あらゆるものに目を凝らし、耳を澄ませる。そうするうち、彼女の姿は徐々に巨大な風景に同化していく。まるで体そのものが透明になったかのように。
旅の果てに、ジェシカはついにある啓示を受ける。コロンビアという国が持つ記憶の層に触れたのだ。コロンビアだけではない。私たちが生きる世界には、長大な歴史と、無数の記憶が積み重なっているはずだ。人はときに、その一片に思いがけず飲み込まれ、時空を超えた旅をする。
これは、夢と記憶が入り混じる奇妙な映像体験。コロンビアが歩んだ長く過酷な歴史を下敷きに、アピチャッポン監督は、どことも知れぬ場所へ私たちを連れていく。

ジェシカを演じるティルダ・スウィントンの無機質さが、この映画の幻想性とぴたりと呼応する。
This Month Movie
『MEMORIA メモリア』
コロンビアのメデジンで蘭の研究をしているジェシカは、病気の妹を見舞うため、首都ボゴタにやってくる。ある夜明け、彼女は大きな爆発音を聞き目を覚ます。だが、その音を聞いたのは自分だけ。それ以来不眠症になってしまった彼女は、その正体を探し始める。タイのアピチャッポン監督が初めて国外で撮影した、美しき幻想ストーリー。
ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ティルダ・スウィントン、エルキン・ディアス、ジャンヌ・バリバール
旧作もcheck!
『帰れない二人』

二人の男女の18年間にわたる軌跡とともに、現代中国の劇的な変化が描かれる。『MEMORIA メモリア』のあるシーンでこの映画を唐突に思い出した。
監督:ジャ・ジャンクー
DVD:5280円
発売:ビターズ・エンド、ミッドシップ
販売:紀伊國屋書店