高校生の頃、私はお茶菓子を食べるだけの茶道部員でした。芸者になり、まともにお稽古するようになって驚いたことの一つが水屋仕事のお礼です。水屋というのは、お茶の道具を置いたり、茶事のしたくをしたりする場所のこと。お茶会での準備や片付けのことを、水屋仕事といいます。この水屋仕事、雑用かと思いきや、実はとても大切なお役目。値打ちのあるお道具にふれるので、その扱いがわからない人に任されることはありません。
流派によっても違いますが、水屋仕事をさせていただいた場合には、こちらからお礼を包むのが一般的。お稽古のなんたるかがわかっていなかったということに尽きるのですが、初めてそれを知った時には、「雑用をしてその上お金も払うのか!!」という衝撃がありました(お茶人からため息が聞こえてくるようです)。
お稽古ごとというのは、技術を習得したり、人格や芸を磨くもの。そういうことが身につくのは、お稽古そのものよりも、むしろ支度や後始末だともいわれます。水屋仕事は、雑用係ではなく得難い学びの場だったのです。
踊りのお稽古でも、「うまくなる人は朝から来て、人のお稽古を見ている」と言われていました。なかでも、「テープかけ」といって、お師匠さんの指導に合わせて曲を流す係をよくしているお姉さんは、なるほど踊りの名手でした。
雑用に思える仕事をしながら、人のしていることをよく見るのは、何事においても上達の近道。
度がすぎることやモラハラ、パワハラにはNOを言う必要がありますが、今まで「させられている」と思っていた「準備や後始末、雑用」を、「段取り力を鍛え、実力をつける機会」ととらえることで、のちに受け取るものが変わってきます。光が当たらない仕事への報酬は、忘れたころに、その人自身を輝かせる光となって支払われるようです。
