江戸時代、開墾をしつくし、耕作用の牛馬の飼料をつくる土地さえないという状況で、収量を上げるために、農民は長時間労働になったという話を聞いたことがあります。「睡眠を削って働くのが立派」という価値観はいまも根強く、「寝る」ことに後ろめたさを感じる人は多いのではないでしょうか。
芸者時代のお座敷で、「昨日も寝たのは朝5時」とか、「明日は朝から飛行機で遠出」「早朝稽古」などと言うお姉さん方を見るにつけ、自分はこの仕事に向いていないと落ち込んでばかりでした。「寝なくてもパフォーマンスを発揮する人」になれないのは、”気合”が足りないからだとも思っていました。
ところが、憧れていたあるお姉さんの、「夜10時になったら帰って寝る。それで呼ばれなくなるなら結構」という言葉を聞き、当時は真似することなど思いつかなかったものの、覚悟さえあればそんな選択もできることを知って、衝撃を受けました。当時はまだまだ根性論が幅を利かせていた頃。寝る間を惜しみ、倒れるまで働くことが美徳の時代で、実際に倒れてしまうお姉さんもいたなか、「私は睡眠時間を削っても、いい結果にならない」と体の声に従ったお姉さんは、現在も素晴らしい芸を披露されています。
私自身は、病気を経験したあとも、「寝る前にもっと用事を終わらせてから」などと思っていたのですが、そもそも、予定に対して時間が足りていなかったり、眠いままやっても効率が悪いと気づいて以来、「今日はここまで」と、前向きにあきらめられるようになりました。あれもこれもしようとしないで、それは本当に必要でやりたいことか考えて、厳選する。疲れたら寝る。寝た自分を責めない。できない自分も認める。たかが寝ることに大げさなようですが、「寝る勇気」は現代の私たちに大いに必要だと思っています。