学生時代に教科書で習った日本画家の絵を、料亭に上がって拝見するたび、その描線の美しさに見ほれました。美人画の大家、上村松園が説いたように、日本画において線はとても重要。「この美しい輪郭を描くのに、どんなに修練がいるんだろう」とか、「失敗は許されないだろうな」と思うと、畏敬の念もわきました。「書」にもまた、同じような緊張感がありますが、日本人が外国語習得の際に会話の上達が遅いと言われるのは、「間違えたら終わり」 「汚点は残せない」という気持ちを、日本画や書を通して感じているからかもしれません。
ところが油絵となると、上から絵の具を重ねることができ、修復のやり方さえ知っていれば、失敗は怖くないそうです。一度のミスで終わりではなく、やり直すことができるのだと知ったときには、大げさなようですが、世界がそれまでと違って見えました。
職場や家庭などの人間関係でも、一度嫌なことをされると、それを汚点ととらえて「許せない」と思いがちですが、失敗のない関係を望むのではなく、「失敗もしながら(したからこそ)、だんだんいい関係にしていく、なっていく」と考えることで、自分の心が楽になりました(とはいえ、”一度された嫌なこと”の内容によっては、その人との関係を考えたほうがいいこともありますね 笑)。
また、誰かとトラブルがあったときに、それを日本画と油絵、どちらととらえるかは相手次第。不用意に人を傷つけない配慮は大切。傷つけてしまった場合も、「もう終わりだ」と放置するのではなく、関係の修復に努めることも必要です。
よく考えれば、私たちが知っている素晴らしい日本画も、何度も失敗して鍛錬を重ねたうえの「一筆」によるもの。失敗あっての成功です。ここぞというときに備えて修練をしつつ、普段は上塗りOKの油絵方式でいきたいものです。