この街の、ちょっといいものつくる人
【高橋工房の江戸木版画】
《江戸木版画摺師》 田埜昌美さん
手仕事をつなぐ走者として、
一枚一枚、実直に向き合う。
東京都の「伝統工芸品」に指定され、経済産業大臣から「伝統的工芸品」に、文化庁から修復部門の「選定保存技術」として認定されている“江戸木版画”。下絵を描く「絵師」、下絵をもとに版木を彫る「彫師」、その版木を使って和紙に摺り上げる「摺師」による分業と、作品を企画・統括する「版元」からなる。葛飾北斎の風景画をはじめ、“浮世絵”と聞いて連想する多くは、木版画で制作されたもの。浮世絵は江戸木版画の技術によってさらに発展し、庶民が楽しめるフルカラーの印刷物として、江戸を代表するカルチャーとなった。
高橋工房は代々、摺師の家系で、創業は、約170年前の江戸時代末期。当時と変わらぬ素材・技術・技法による浮世絵木版画をつくり続けている。「簡単にいうと、手作業の印刷屋です」と、六代目の高橋由貴子さん。現在、摺師は3年目の田埜昌美さんと兄弟子が在籍している。「江戸木版画は、絵師、彫師、摺師の粋を尽くしたものです。多色摺りならではの鮮やかな発色が魅力で、ときには数十回もの摺りを重ね、一枚一枚つくり上げていくところに惹かれました。摺師は芸術家ではなく職人なので、たとえば100枚摺るなら、すべて同じクオリティで正確に仕上げることが求められます。版木も和紙も季節によって膨張・収縮するので、いつも同じ環境や条件とは限りません。状態を見極め、絶えず気を配り、きめ細かに摺り重ねることを心がけています」(田埜さん)。
四代目からは版元としても活動している。「版元は出版社にあたり、企画を立て、職人を束ねて制作を主導し、販売まで手がけます。作品づくりに関するあらゆることを行う、何でも屋です(笑)。この業界は完全分業制ですから、版元がいないと作品は一枚も生み出せませんし、まとめ役がいないと廃れてしまいます。そのため父から『版元になりなさい』と導かれ、家業を継ぐことにしました。版元は、現場で行われていることを理解していないと務まりませんから、摺りはもちろん、彫りの勉強もしました。作品がどのように飾られるかイメージできるよう、額や掛け軸などの勉強もしましたし、よいものをたくさん見ようと美術館にも通いましたね」(高橋さん)。
伝統を後世に残すためには、職人の育成は必須。「版元として職人の仕事を生み出すことが、業界全体の活性化と若手の成長につながると信じています」(高橋さん)。「摺りの仕事を究められるよう見聞を広め、技術と知識を高め続けていきたいです」(田埜さん)。
未来に近道はないが、どこまでも行ける。高橋工房の歩みは続く。
東洲斎写楽の役者絵(左)と、喜多川歌麿の美人画(右)を現代によみがえらせた復刻版画。浮世絵は19世紀後半にヨーロッパを席巻し、ジャポニズムの火付け役となったといわれている。
版木は、摺りの摩擦に耐えられる硬い山桜。和紙は、人間国宝が漉(す)く越前生漉奉書(えちぜんきずきほうしょ)を使用。摺り台が前に傾いているのは、摺るときに力をうまく伝えられるようにするため。
墨で下絵の輪郭を摺ってから、色を入れていく。版木は色数ごとに分けてつくられていて、一枚の版木で一気に摺るのではなく、色数に応じて摺り重ねていく。これは写楽の作品で、7度摺り。
《買えるのは、ここのお店》
江戸川橋駅(東京メトロ有楽町線)
高橋工房
ギャラリーを兼ねた工房には江戸木版画が展示されており、購入もできる。路地裏にあって工房の目印にもなっている「道のギャラリー」は、気軽にアートを楽しめるショーウインドウ型のスペース。気になる作品があれば、工房までどうぞ。
文京区水道2-4-19
Tel. 03-3814-2801
[営]月~金 10:00~17:00
[休]土・日・祝