音楽プロデューサー、ジャック・アントノフの快進撃が止まりません。テイラー・スイフトの2部作を手がけたひとり、といえばイメージが湧くでしょうか。この半年ほどでも、ラナ・デル・レイ、クレイロ、ロードなど人気女性アーティストがずらり。にもかかわらず、あえてヴァイラルヒットから距離を置くような、オーセンティックで優しい耳心地の作品群。そこから窺えるのは、「消費されることへの抵抗」と「立ち位置のアップデート」です。
ラナ・デル・レイは『Chemtrails Over The Country Club』の冒頭曲「White Dress」で業界人に見いだされた恍惚を表現しながらも、「Dark But Just A Game」で私のままでいること、ジョニ・ミッチェルのカバー「For Free」で音楽を奏でる尊さを歌い、行先を照らしています。
クレイロの『Sling』は、Z世代の寵児である彼女の「いまをときめかない宣言」だと思いました。歌詞に登場させたスリングやお母さんのお下がり服といったアイテム、エバーグリーンな音楽への目配せにより、成熟したアーティストとしてのクレイロ像へと見事にアップデートさせました。
アースカラーのギターサウンドが新鮮なロードの『Solar Power』。デビュー曲「Royals」でセレブを風刺したのち、その仲間入りを果たした彼女は、いま再び太陽を浴び、行き過ぎたショウビズ界や現代社会から、サステナブルでウェルビーイングな人生を取り戻そうとしているかのようです。
自分らしい表現を模索するスターたちを支えるアントノフの仕事は、消費サイクルが加速する音楽界の良心のように思えてなりません。
LANA DEL REY『Chemtrails Over The Country Club』
表現の懐古趣味がさらに加速し、フォークやアメリカーナ、ジャズに傾倒したサウンドの7作目。陰謀論や名声、特権階級のある世界を甘美かつ不穏な空気感で描く

CLAIRO『Sling』
YouTubeで「Pretty Girl」がバズり、ベッドルームポップのアイコンとして注目される。キャロル・キングやバカラックを思わせる演奏やシンガーとしての才能が際立つ飛躍作

LORDE『Solar Power』
フラワーチルドレン文化や90年代サウンドを参照しオーガニックに仕上げた4年ぶりのアルバム。クレイロがゲストボーカルで参加。CDが付属しないエココンシャスなパッケージも話題
