©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

彼女の“迷い”を通して、私たちは未知の世界と出会う喜びを知る《映画でぶらぶら》


 かつて、『友だちのうちはどこ?』というイラン映画に夢中になった。ある少年が、間違えて持ち帰ったノートを返すために友だちの家を探し歩く、ただそれだけの物語。大人に叱られたり無視されたりしながら、泣きそうな顔で見知らぬ街を走りまわる少年の姿は、何か巨大で恐ろしいものにひとり挑んでいるようで、その孤独さと勇敢さに心を打たれた。

 『旅のおわり世界のはじまり』の主人公・葉子は、『友だちのうちはどこ?』の少年とどこか似ている。テレビリポーターとしてウズベキスタンにやってきた彼女は、与えられた仕事は真面目にこなすが、カットがかかった途端そそくさとカメラの前からいなくなる。撮影後はスタッフの誘いも断り、いつもひとりで街を彷徨い歩く。だが異国の地を楽しむわけでもなく、話しかけてくる街の人たちの声も聞かず、ぐるぐると道に迷い、暗闇を無我夢中で走り抜ける。彼女の顔がほころぶのは、日本にいる恋人とメールをするときだけだ。

 彼女はなぜこれほど自分の殻に閉じこもるのだろう。バラエティ番組の仕事をバカにしているわけでも、仕事仲間に反感を覚えているわけでもないらしい。彼女のいいようのない孤独さが、映画に奇妙な不穏さを醸し出す。

 見知らぬ土地で迷うこと。それは恐怖や孤独と隣り合わせの状況に陥ることでありながら、新しい世界と出会う可能性も秘めている。闇のなかを手探りで走り回っていた葉子もまた、未知なる世界と出会い、不意をつかれたように突然立ち止まる。

 物語は、徐々にふしぎな方向へ導かれていく。ある日、葉子は偶然迷い込んだ劇場で奇妙な体験をする。それを機に仲間との距離が少し縮まるが、そこでまた思いがけない事件が起き、撮影隊の行く末そのものが深い迷路にはまりこむ。

 これは、ロマンチックな恋愛映画でもあり、爽やかな旅映画でもあり、うまくいかない撮影の顛末をめぐる喜劇でもある。この映画を形容しようとすると、私自身が迷子になりそうだ。ここには、ひとりの人間の身体が徐々に外へ開かれていく過程が記録されている。葉子がひたすら迷い疾走する姿を通じて、私たち観客は、未知の世界と出会う喜びを知るだろう。これほど壮大で清々しい映画には、そうは出会えない。

metro198-movie-01.jpg物語で大きな役割を果たすナヴォイ劇場や、バザールや湖など、ウズベキスタンの風景を満喫できるのも映画の魅力のひとつ

This Month Movie『旅のおわり世界のはじまり』

 バラエティ番組のリポーターを務める葉子と3人の撮影隊は、ウズベキスタンの巨大湖に棲む“幻の怪魚”を探していた。しかし怪魚はいっこうに現れず、予定が狂った撮影隊は徐々に苛立ちを募らせていく。ある日、撮影後ひとりで街を彷徨っていた葉子は、街中にある豪勢な劇場に迷い込み、そこで不思議な体験をするのだが…。全編ウズベキスタンロケによる巨匠黒沢清の驚くべき新作。

6月14日(金)よりテアトル新宿ほかにて公開。

監督:黒沢清
出演:前田敦子、加瀬亮、染谷将太、柄本時生


旧作もcheck!

『友だちのうちはどこ?』

 実際に舞台になった村に住む人々を起用して撮影された、1987年製作のイラン映画。一見のどかな光景のなか、少年の冒険がスリリングに描き出される。

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©1987 KANOON

監督:アッバス・キアロスタミ
ブルーレイ:5184円
発売・販売元:TCエンタテインメント

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