メタバース空間で、簡単に店をつくることができ、商品を販売することができる。そんなサービスが、来月1日からスタートする。この「メタストア」を開発したのが、ハコスコだ。脳研究者でもある藤井直敬さんが率いる会社だけあって、ほかとはちょっと違う、メタバースへのアプローチがそこにあった。
Hacosco Inc. CEO
藤井 直敬さん
1965年生まれ。東北大学医学部卒業後、同大大学院にて博士号取得。マサチューセッツ工科大学研究員を経て、2004年より理化学研究所に所属。2008年に脳科学総合研究センター適応知性研究チームリーダーに。2014年株式会社ハコスコを創業する。デジタルハリウッド大学大学院教授、VRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事。
「メタストア」が
メタバースの敷居を下げる
藤井さんは、研究の過程でVRやSR(代替現実)といった技術に出合い、このデジタル技術によって、脳がどのように世界を認知し、関わり方や価値観はどう変わるか、といったことに興味を抱き、2014年にハコスコを創業したのだという。
藤井:その当時からメタバース空間、いわゆるCGでつくった空間の中で作業をしたり、生活するというような未来像は語られていました。でも、実際にそれが本当に必要なのかということはずっと悩んでいて。だから僕らは、VR空間のサービスをあえてやらなかったんです。360度の実写の動画のほうがより現実に近いと考えて、そちらをメインに事業を行ってきました。それが、最近になってハードウエアの性能が上がり、しかも普通の人たちでも使えるようになってきた。それで、メタバース空間を使ったサービスをなにか始めようと思ったんです。
そのとき世の中にあるメタバースのサービスを見て気づいたのが、ゲームを除けばほとんどがイベントやビジネスの用途で、普通の人には関係がないものばかりということ。だからもし、メタバースという少しコストがかかる空間を、世の中に利用してもらおうと思ったら、日常的に使うものにしないといけないなと。そこでたどり着いたのが買い物です。不思議なことに、いまあるメタバースのサービスのほとんどは、決済機能が組み込まれていません。それならば、普通にお金のやりとりができて、誰でも日常的に継続して使えるメタバースのECとはどんな姿なのかということを考えながら、「メタストア」をつくってみました。
現状のメタバースは、ゲーマーや新しいもの好きといった一部のユーザーが利用しているのみで、まだまだ一般社会に広く浸透しているわけではない。「メタストア」は、その敷居を下げる、ある意味実験的な試みとも言えそうだ。だからこそ、出店の手間も費用もできるだけかからないようにしていると藤井さんは言う。
藤井:VR空間で店をゼロからつくるのは、現状だと個人では難しい。手間もお金もかかります。だから僕らは、それを誰でも簡単に始められるようにしたい。「メタストア」では、店舗空間はテンプレートを選ぶだけでつくれて、売るものも写真と商品情報があれば陳列ができるようにしています。一般的なECサイトでも普及している店舗運営・決済ツールの「Shopify」と連携しているので、すでにECサイトを運営している方は、そのデータベースを紐づけるだけで出品が可能です。こんなふうに、出店の手間はできるだけ簡略化し、出店料も月額1万円に設定しました。買う人も、特別なデバイスは必要ありません。PCからブラウザで、VR店舗内で買い物をすることができます。
「メタストア」を開発して面白いことに気がついたのですが、VR店舗は商品の一覧性がとても高いんです。たとえば通常のECサイトで商品が100個あったとすると、それをすべて見るためにはページをずっとスクロールしなければなりません。下まで行ったら、上のほうの商品のことは忘れてしまうし、2次元のECサイトって、じつは一覧性がとても悪いんです。でも、メタバースでは僕らが現実世界で使っている無意識の検索能力が働くんです。たとえば、コンビニを訪れたとき、お弁当は壁のほうにあるとか、入り口横には雑誌があるということを知っているから、商品を探し出すことが簡単ですよね。つまり僕らの脳は、無意識のうちに、ルールに則って空間を把握しているということです。そしてこの能力は、メタバース空間でも機能する。これは「メタストア」の試作版としてコンビニをVRで再現したときに気づきました。メタバースで買い物をする、アドバンテージのひとつと言えると思います。
リアルのつながりを
オンラインでも再現する
「メタストア」の特徴はほかにもある。それは、メタバース内の店舗に店主がいるということ。訪れると、店主がそこにいて話しかけることができる。現実世界では当たり前のことだが、デジタル世界でそれをやる意味とはなんなのだろう?
藤井: ECメタバースをはじめるにあたり、なにがいちばん大事かということを考えたら、やっぱり人と人とをどうやってつなげるかということでした。現実空間を模した通常のメタバースだと、やっぱりそこにアバターがないとダメだとか、身体性がないと関係なんかつくれないってみんな言うんですよ。でも、そんなことないですよね。電話でしゃべるだけでも、人との関係性はつくれます。だから僕らは今回、音声だけでいろいろなつながり方をつくれる仕組みを「メタストア」の中に組み込みました。その仕組みは2種類あって、ひとつはお客さん同士のつながり。つまり一緒に行くお友達が楽しく会話ができる機能です。もうひとつは、お店の人とお客さんが会話できる機能です。店主は、専用対話ページを開いているだけ。それでお客さんが話しかけてきたら、返事をして会話をする。そこでコミュニケーションが生まれるんです。
実際にこんなことがありました。メタストアでコンビニの試作版をつくって、僕の知り合いを招いてみると、現実世界で面識のない人たちが、メタバース空間で出会って話が盛り上がった。それで結局、その2人は現実世界でも会うことになったんです。
僕が研究で取り入れていたのは、SRという仮想の映像を現実と思わせる代替現実技術ですが、仮想と現実の区別をなくすためには、現実世界との地続き性が重要でした。だから「メタストア」が目指しているのは、場所と人に根ざした有機的なつながりのある空間をつくること。あそこに行ったらこの人がいる。つまり、現実世界で店舗を訪れることと地続きになっている体験を再現できるように設計しています。
現実世界のすべてがメタバースで再現できて、あらゆることが仮想空間に移行する。確かにそういう領域もあると思うけれど、僕らが生きているこの現実社会がなくなることはない。オンラインとオフライン、双方のいいところを併せ持っているのが、メタバースではないかと僕は考えています。
メタバースは、現実世界の延長にあってこそ、価値あるものになるかもしれない。
この新しい世界は、まだ生まれたばかり。思いもよらないようなことが起こったり、さまざまな議論もこれから生まれてくるはずだ。その扉の先には、どんな世界が待っているのか?自分自身の目で、確かめてみてほしい。
まもなく開店!誰でも、簡単にメタバースにお店がつくれる
メタストア

「メタストア」の外観。テンプレートで3D空間を簡単作成したり、客はその空間の中を自由に歩き回ったりすることができ、店主とボイスチャットでリアルタイムの会話も可能。ファッションECサイトの 「イーザッカマニアストアーズ」や熟成肉の「格之進」などの出店が決まっている。

「ハコスコNFTギャラリー」。NFTのマーケットプレイスと連携して、NFTの販売もできるという 。サービス開始は6月1日から。現在、ハコスコのwebページから、誰でもデモを体験できる。
