自然と向き合うワインの造り手が
目指す先にあるものは?
秋が深まり、旬の味覚と一緒にいただくワインがおいしい季節に。ワインは、原料であるぶどうが育つ自然の環境によって、出来栄えが大きく左右される飲み物だ。近年、国内外で規模を問わず、サステナブルなワイン造りを目指す生産者が増えている。昨今の異常気象がぶどうづくりに大きな影響を及ぼす中、将来もおいしいワインを造り続けていくために、いまできることに着手しているワイナリーの方々に、その取り組みや目指すものを聞いてみた。その土地の特徴や造り手の思いがこもったおいしいワインを飲みながら、サステナビリティについて考えてみよう。
サントリー
登美の丘ワイナリーへ
サステナブルなワイン造りを知るために、国内屈指のワイナリーのひとつ、サントリー登美の丘ワイナリーへと向かう。都内から山梨県の甲府までは思いのほか近く、甲府駅から甲斐市にある登美の丘ワイナリーまでは、車で30分ほど。敷地内に入り、丘を登っていくと、少しずつワイナリーの建物が見えてきた。テイスティングカウンターとワインショップが入る建物の前に広がる富士見テラスから、ぶどう畑を見ることができる。天気が良ければ南に富士山が見えるはず。甲府盆地を見下ろし、周りを山々に囲まれた登美の丘は南向きに広がる畑を有する。雨が少なく、日照時間が長く、昼夜の寒暖差があるという、ぶどう栽培に適した3つの条件を併せ持つ理想的な場所でもある。
1909年に登美農園として開園し、36年から本格的にぶどう栽培とワイン造りが始まり、現在もその営みが続けられている。広大な敷地に、25ヘクタールのぶどう畑があり、赤ワインに用いられるカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、プティ・ベルドなど7品種、白ワインに用いられるシャルドネ、甲州など4品種の計11品種(※1)が栽培されている。登美の丘の中にも、それぞれの品種に適した環境があり、50区画の畑に配されている。土壌、立地、気候の3つの要素からなる環境が、ぶどう栽培とワイン造りにとって、品質や味わいを左右する最も大切な条件となる。実際に気温や土の匂い、草の香りを体感しながら、ぶどう畑を歩いてみると、少しだけ登美の丘の特徴に触れることができたように思える。そして、こんなに美しく心地のいい場所にも、確実に気候変動の影響があり、これからも質の良いぶどうを継続して栽培していくために、さまざまな施策が行われている。なかでも、近年採用された温暖化の影響に対する施策が、ぶどう栽培を大きく変えていきそうだ。その方法について、詳しく聞いてみた。
※1 赤ワイン用:カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラー、プティ・ヴェルド、ブラック・クイーン、マスカット・ベーリーA、ビジュノワール、白ワイン用:シャルドネ、甲州、リースリング・イタリコ、リースリング・フォルテの計11品種が栽培されている。登美の丘ワイナリーでは、赤ワイン、白ワイン、貴腐ワインなどが造られる。

収穫前のメルロ。ワイン用のぶどうは、食用に比べると果実が小さい。

見晴らしが良く気持ちがいい富士見テラス。

テイスティンググラスに注いだ「登美の丘2020」(赤:プティ・ヴェルドを主としたブレンド)と(白:甲州)

サントリー登美の丘ワイナリー
山梨県甲斐市大垈(おおぬた)2786
Tel. 0551-28-7311
[休]不定休
※年末年始・冬期など不定期に休業日あり
最重要課題は暑さ対策
登美の丘の中でも、フラッグシップワイン「登美」に使うことができるメルロを栽培している畑で、栽培技師長の大山弘平さんに話を聞いた。
「ワインには、ぶどうの品質そのものが直結します。ぶどうは日中、光合成で必要な一次代謝物と呼ばれる栄養を生み出し、夜間気温が下がり休んでいる時間に二次代謝物(アロマ、色、風味)を蓄えるメカニズムを持っています。この二次代謝物によって、ワインの質、香りや味わいが決まります。しかし夜間の温度が下がらないとぶどうは休めません」と大山さん。ワインに適したぶどう栽培で課題となったのは近年の暑さだという。「ここで良いぶどうを継続的に栽培していくには、暑さの対策が必要でした。このメルロの畑で行っている副梢(ふくしょう)栽培(※1)は、ほどよい環境でぶどうが成熟時期を迎える効果的な栽培方法です」。ぶどうが、適した水分量を保ち、質の良い二次代謝物を溜め込こむには、じつは最低気温がしっかり下がることが大事。夜も気温が高い夏の時期に成熟期間がかからないように、時期をずらすことを目的に副梢栽培は行われる。

「このメルロは6月1日に最初の梢を切りました。そうするとぶどうの特性で、副梢が成長を始めます。すごろくみたいに振り出しに戻ってまた成長するので、成熟時期も40日ほど後ろに倒せます。メルロなら通常7月下旬から8月上旬にあたる着色開始時期を9月上中旬頃に持っていけます」。温度が下がりやすい立地の登美の丘だが、近年の暑さには、こうした手立てが必要なのだ。「副梢栽培を取り入れたことで、ぶどうの品質は抜群に良くなりました。糖度も色も向上し、酸度もキープして、粒は小さくなる。赤ワインにはいいことなんです」と大山さんは楽しそうに教えてくれた。
※1 山梨大学が研究し、公表したぶどうの栽培方法。登美の丘ワイナリーは、この栽培方法に着目して採用。山梨大学との共同研究として実施している。

副梢栽培をしたメルロのぶどう畑。果実が熟して甘さを増し、酸味も蓄えていた。

副梢栽培の跡。ハサミの下の方に6月に切られた初梢があった。

剪定枝(せんていし)を半焼きにして炭化させたものを畑に埋める。

ぶどう畑とワインのことをお話してくださった栽培技師長の大山弘平さん。栽培や醸造の話を聞いていると、「登美の丘」をさらに飲んでみたくなった。

「登美の丘2020」(白:甲州100%)。大山さんの思い描く甲州ワインに近いという。おでんに合わせて飲むこともあるそう。

「登美の丘2020」(赤:プティ・ヴェルド65%、メルロ24%、カベルネ・ソーヴィニヨン11%)。プティ・ヴェルド主体というのも登美の丘ならでは。
いま未来のためにできること
「副梢栽培を取り入れるには勇気がいります。サントリーが挑戦して、失敗をしながらも成功することには意味があります」と大山さんはいう。その経験を開示することで、副梢栽培を検討する人たちに役立つ情報となりうるからだ。また大山さんたちは「4パーミル・イニシアチブ」(※2)へのチャレンジにも参加している。「剪定枝(せんていし)を半焼きにして炭化させて畑に返します。土壌の炭素量を増やしつつ、さらに微生物が棲みやすくなって、土壌が活性化したり、病気を減らすことができればいいなと思います」。大山さんたちにとってサステナビリティとは「いまもハッピーで、未来も良くなる」こと。いまおいしいワインを造ることが、将来の環境を良くすることにつながってほしい。そんなサステナブルなワイン造りを引き継いでいきたいという。
大山さんが目指すワインは、「飲んだときに、その味わいで造っている場所を思い浮かべてもらえるワイン」なのだ。「ワインは空間と時間を切り取ってボトルに詰めたものだと思います。僕の感覚ではホームビデオに近いです。この畑の土壌や雰囲気がボトルに入っている。そんなワインです」。登美の丘ワイナリーは、ゲストの受け入れ態勢も整っている。日本ワインの良さは、思い立ったら造り手を訪ねられるところにもあるだろう。ぜひ大山さんたちの仕事を肌で感じに、登美の丘を訪ねてみてはどうだろうか。
※2 「世界の土壌の炭素量を毎年4パーミル(0.4%)増やすことで大気中のCO2の増加分を相殺し温暖化を抑制できる」との考えに基づく国際的な取り組み。山梨県も2020年より参加。

テイスティングカウンターにあるワインサーバー。量を選びながら、テイスティング(有料)を楽しむことができる。

「登美の丘2020」赤を抽出中。全部で16種のワインが入っていた。奥にあるフラッグシップの4種類と合わせて20種類のテイスティングを楽しめる。

「登美の丘2020」白(甲州)をテイスティングしてみる。見た目より深みのある味わい。香りと酸味のバランスが良い。

テイスティングカウンターから見たショップ。さまざまな品種の「日本ワイン」を購入することができる。

樽熟成庫。ワイン熟成庫ツアー(有料)などで見学することができる。

ワインショップとテイスティングカウンターのエントランス。

ぶどう畑の中にある展望台からの風景。
登美の丘ワイナリーツアー
登美の丘ワイナリーでは、ワイナリー内を見学できるツアーを実施している。甲州ぶどう畑散策ツアー、ワイン熟成庫ツアー、FROM FARMワイナリーツアー(いずれも有料)などがあり、HPから予約することができる。