本誌連載「映画でぶらぶら」でおなじみの映画誌編集者・月永理絵がお届けするWEB特別企画。おうちで映画を楽しむために、配給会社が立ち上げた新たな取り組みを全3回にわたってお届け。最終回は、第2回目に続いて、「Help! The 映画配給会社プロジェクト」で見ることのできる、配給会社別のイチオシ映画をご紹介。
■「Help! The 映画配給会社プロジェクト」【配給会社別 見放題配信パック】のおすすめ作品
ノエミ・ルヴォウスキー『マチルド、翼を広げ』

優しい笑顔で、とても悲しい目をしている人。そんな人たちに、なぜか心を奪われてしまう。彼/彼女が抱えているものは何なのか、その目で何を見つめているのか、知りたくなる。『マチルド、翼を広げ』には、まさにそんな優しく悲しい大人たちが登場する。
9歳のマチルドは、母親とパリで二人暮らし。精神的に不安定な母は、ときおり一人で街をさまよったり、突然引越しを始めたり、一人娘を振りまわす。そんな母と暮らすマチルドを、別居中の父や学校の先生は心配する。それでもマチルドは、今の暮らしを手放そうとはしない。自分があきらめたら、母はずっと遠くへ行ってしまうから。そんなある日、人間の言葉を話すフクロウがマチルドの前に現れる。少女は、フクロウの知恵を借り、母との暮らしを守ろうと奮闘する。
優しく悲しい目をした大人とは、マチルドの母のこと。演じるのは、この映画の監督であり、女優としても活躍するノエミ・ルヴォウスキー。マチルドのまっすぐな瞳とは逆に、母の瞳は、いつも悲しげに揺らめいている。自分が、この世界とうまくつきあえないことがわかっていて、それでもなんとかこの世界で生きなければ、と懸命に足掻いている。そのちぐはぐさが胸をうつ。どうして人生とはこれほど残酷なのか、彼女の肩をそっと抱き寄せたくなる。マチュー・アマルリック演じる父親もまた、やはり哀感に満ちた目で、娘と別れた妻を見守っている。
母と娘とフクロウ。二人と1羽の生活は、トラブルを起こしながらもどうにか前に進んでいく。一生懸命に走りまわるマチルドは、じつに勇敢な少女だ。ありえないことが次々に起こり、ファンタジーのように見る者を楽しませる。それなのに、映画全体に、どうしようもない悲しさが張りついている。その悲しい優しさに、私はすっかり魅入られてしまった。
アブデラティフ・ケシシュ『クスクス粒の秘密』

『アデル、ブルーは熱い色』のケシシュ監督が2007年に発表した作品。個人的には、この『クスクス粒の秘密』がケシシュ監督作品のなかではいちばん好きだ。とはいえ、どんな物語なのか、と聞かれると困ってしまう。一言でいえば「いつまでたってもクスクスが届かない話」。何それ?と思われそうだが、その通りなのだから仕方がない。クスクスとは、北アフリカや中東でよく食べられる極小パスタ料理のこと。魚介や肉、野菜などを煮込んだスープをかけて食べるのが一般的。
主人公は、フランスの港町に住む、チュニジア移民のスリマーヌ。湾岸労働者として長年働いていたが、不況と年齢のせいでついにリストラされてしまう。途方にくれたスリマーヌは、新たに商売を始めることを思いつく。古い船を買い取り、船上レストランを開くのだ。監督自身も、幼少期にチュニジアからフランスの港町ニースに移住したという。家族や自分の経験が、物語にも反映されているのだろう。
スリマーヌの新しい計画を応援するのは、恋人の連れ子リム。二人でレストランの開店パーティーを計画するが、恋人とのあいだには、ぎくしゃくした空気が流れている。実は、パーティーの目玉料理として、スリマーヌの元妻がつくったクスクス料理を出そうというのだ。元妻のクスクス料理はとにかく美味しいらしいが、恋人としてはやはり大賛成とはいかない。元妻との間の子供たち、スリマーヌの長年の友人たちも交え、それぞれに微妙な人間関係のなかで、着々と、レストランの開店準備は行われる。
すったもんだのすえ、なんとか開店パーティーが始まる。だがここで思わぬアクシデントが。肝心のクスクスが届かないのだ。レストランはどうなるのか、スリマーヌと恋人の仲は、そしてクスクスはいつ届くのか。やきもきしながらも、宴はとにかく続いていく。あとはもう映画を見てのお楽しみ。美味しい料理あり、音楽あり、ダンスあり、文句なく楽しめる映画。
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ファスビンダーのケレル』

いまから38年前の6月10日、ファスビンダーは37歳の若さで亡くなった。ニュー・ジャーマン・シネマの代表的作家であり、彼の作品は、どれも驚くほど鮮烈で、過激で、まったく古びる様子がない。それどころか、まさにいま見るべき作品と言いたくなるものばかり。戦後ドイツ史と向き合い、社会制度の欺瞞を映画という手段で告発したファスビンダー。アウトサイダーでありつづけた彼は、どんな時代にも、つねに前衛だ。
1982年に製作された『ファスビンダーのケレル』は、ファスビンダーの最後の作品。ジャン・ジュネの小説『ブレストの乱暴者』を原作に、男たちの愛と裏切りの物語が描かれる。港町に船が停泊し、若く美しい水夫ケレルが売春宿へやってくる。売春宿には、男色家の夫ノノと、妻リジアヌがいる。さらにここに、生き別れとなっていたケレルの兄ロベール、ロベールと瓜二つの青年ジルも登場し、男たちの欲望のドラマが幕をあける。
まるで舞台のような港町のセットには、人工的なオレンジの光があやしく輝いている。そのあやしげな空間の中央には、たくましい肉体を持つケレルがいる。彼は、あらゆる境界をいとも簡単に踏み越えていく。快楽を追求し、犯罪を犯し、自分を愛する者すら裏切る。ケレルと対極の存在にあるのは、上官のセブロン。彼は、若いケレルの肉体に惹かれながらも、自分の領域を踏み越えることができない。
それぞれに欲望を抱えた男たちが出会い、また去っていく。そのなかで、彼らの輪に入ることができない、たったひとりの女がいる。フランスの大女優ジャンヌ・モロー演じるリジアヌだ。彼女の冷めた視線が、妙に気になった。むせかえるような官能性と、異様なけだるさが漂う男たちの世界。あなたはどんな視線を、彼らに向けるだろうか。