illustration: Yu Fukagawa text: 千代里

身軽に生きる《お多福美人講座》


 芸者になるための住み込みが決まったとき、置屋に持ってくるように言われたのは、お箸、ご飯茶碗、お椀、湯のみ、布団でした。お姉さんから告げられたものの少なさにびっくりしながら、単身者用のコンテナいっぱいに荷物を送ったところ、お姉さんからお目玉の電話をいただき、上京するやいなや荷物を送り返すことになりました(同じ日からお見習いを始めた、別の置屋の同期はピアノを持ち込んだそう。スケールが違う! 笑)。

 持参した着物は新橋の花柳界では通用せず、足袋も足型を測ってあつらえることになり、結局、手持ちのものはほぼ使えませんでした。この頃は、新しい世界に入ったにもかかわらず、それまでの「もの」や「経験」にしがみついて失敗することが多かったなぁと思います。同時に、たとえ身ひとつで新しい世界に飛び込んでも、そのときの自分に必要なものは得られるということ、なにかが「ない」というのは、困った不幸な状態とも限らず、新しい扉を開くきっかけをくれるものだと知ることができました。

 また、住み込み後、ひとり暮らしを始めるときにお願いした赤帽のおじさんの言葉も印象的でした。「お嬢ちゃん、これからいろいろあるだろうけど、いまよりものを増やさないよう心がけて暮らしなさいよ。身軽だと好きなように生きられるからね」。「なにをするときも準備を全部済ませてから、余った時間にしたいことをするといいよ。時間に余裕を持って行動するんだよ。私も今朝、ここへくる前に打ちっ放しに行ってきたよ」。そう話すおじさんは、本当にいいお顔をされていたことをよく覚えています。

 ものや経験を大事にするのは素晴らしいことですが、「もっと持ちたい」「手放したくない」という思いが人生を停滞させていると気づいたときには、住み込み当時を振り返り、身軽に生きることの大切さを思い出すようにしています。

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