この街の、ちょっといいものつくる人
【福砂屋の八十八カステラ】
《カステラ職人》 中尾喜一さん
歩みを止めず、着実に
400年の先へと向かう。
1624年(寛永元年)に長崎県で創業した、日本きってのカステラの老舗《福砂屋》は、創業400周年のメモリアルイヤーを迎えている。今年は年間を通してさまざまな企画が進行しており、そのひとつとして誕生した東京限定の「八十八カステラ」は、 長い歴史の中で初となる “米粉”を使ったカステラだ。
ここ、中目黒店は東京工場内に併設され、カステラ職人の中尾喜一さんは、その工場長を務めている。「長崎県の食文化には “砂糖”が深く根づいています。昔から長崎には多くの砂糖が輸入され、カステラも、そんな風土から生まれました。甘さが特徴のひとつである長崎カステラにおいて、やさしく穏やかな甘みと、ふっくらした口あたりを米粉で表現してみたいという思いから、米粉のカステラをつくってみようと取り組んだのが、開発の始まりです」。
通常のカステラでは小麦粉を使うので生地がふくらむが、米粉はふくらみが弱く生地が沈むため、カステラらしい高さとふくらみを出すのに、とても苦心したそう。「カステラと相性のよい米粉を取り寄せては実験・検証を重ね、材料の配合や焼成時間を変えるなど、試行錯誤の繰り返しです。理想の焼き上がりと食感を実現するのに、 長い年月を要しました。口にすると米粉のやさしい甘みが感じられ、 ふっくら、ふわふわした食感です。 日が経つと底にある双目糖が溶けてきて、その糖分を生地が吸い上げて全体になじみ、よりしっとりしていきます」。
《福砂屋》には創業以来、大切にしていることがある。「私たちのカステラづくりは、卵を手で割るところから焼き上げるまでの全工程を、ひとりの職人が責任を持って行う“一人一貫主義”でつくっています。生地づくりでは白身と黄身を分けて攪拌する“別立法”を用いていて、《福砂屋》のカステラの食感と風味には不可欠。材料や生地の状態を見極める“手わざ”も重要です。たとえば季節や天候、温度や湿度によって泡立て方も調整します。先読みして失敗することもありましたが(笑)、それも微調整がきく手わざゆえのこと。そして何より、私たちのカステラでお客さまを笑顔にしたいという気持ち。こうした技術と思いは昔から変わっていないと信じていますし、大切に育てていきたいですね」。
過去を重んじて現代に昇華し、新しい挑戦を重ねることが、技術と思いの継承につながる。「うれしいことに、着々と若手が育っています。先達から教わったことを次の世代にしっかり伝え、よりよいカステラをつくっていきたいです」。
400年の先への歩みは、もう始まっている。
八十八カステラの取り扱いは中目黒店と赤坂店のみで、毎週金曜日に数量限定で販売中。中尾さんのおすすめは、ブラックコーヒー(ホット)とのペアリング。ぜひ、試してみてほしい。378円(2切入)
親しみのあるタッチで描かれた包装紙とショッピングバッグのデザインを手がけたのは、日本のグラフィックデザインの黎明期に故郷・長崎を拠点に活躍した、中山文孝さん(1888~1969年)。
生地づくりで材料を混合・攪拌するときに使う泡立て器。ひと通り使いこなせるようになるには、みっちりマンツーマン指導が必要。一人前の職人になるには、最低でも4~5年はかかるそう。
《買えるのは、ここのお店》
中目黒駅(東京メトロ日比谷線)
福砂屋 中目黒店
1976年に開業。ココアのカステラ生地にクルミとレーズンをトッピングした「オランダケーキ」や、長崎カステラをより濃厚に仕上げた「特製五三焼カステラ」、好みの量の餡を香ばしい皮で挟んで食べる「手づくり最中」など、中目黒土産としても人気。
目黒区青葉台1-26-7
Tel. 03-5725-2939
[営]9:00~17:30(土・日・祝は17:00まで)
[休]1月1日・2日